tyt-041

差分

この文書の現在のバージョンと選択したバージョンの差分を表示します。

この比較画面にリンクする

両方とも前のリビジョン 前のリビジョン
tyt-041 [2019/06/16 10:19]
hachistudio
tyt-041 [2019/06/28 19:11] (現在)
tytman
ライン 1: ライン 1:
-==== TYT-041 ニトクリスの鏡 ====+==== TYT-041 ​ニトクリスの鏡 ====
 **管理番号:** TYT-041\\ ​ **管理番号:** TYT-041\\ ​
 **妖異通称:** ニトクリスの鏡\\ ​ **妖異通称:** ニトクリスの鏡\\ ​
ライン 11: ライン 11:
  
 ===== 関連事件 ===== ===== 関連事件 =====
-● [非公開]\\ + ​1789年 フランスの■■領において、圧政と高い年貢に苦しむ農民が蜂起。武装した若い農民50人が■■領主の下へ詰め寄りました。領主は彼等を酒と料理で歓待。話し合いのためとして彼らを地下聖堂に集めました。地下聖堂の本来キリスト像が置かれているべき場所には不気味な装飾が施された鏡が一枚置かれていました。領主は酔っぱらっていた農民をその場に残し、自らは外に出て鍵を閉めました。翌日、地下聖堂には農民の姿は誰一人としてなく、ただ血だまりだけが残っていました。\\  
 + 
 + ​50名の集団失踪は領内に瞬く間に広まり、当時フランス全土を覆いつつあった大恐怖の波と相伴って、■■領主は暴徒と化した農民によって殺害されました。その翌日、地下聖堂に移していた遺体とその見張り役10名が失踪。地下聖堂には鏡と血だまりだけが残されていました。恐怖に囚われた農民は領主の館に放火し、その後、呪われた館として誰一人近づく者もいなくなってしまいました。 
 + 
 + ​10年後、エジプト・メイソンリーのカリオストロと名乗る人物※1が同地に来訪。館の噂を聞きつけ地下聖堂から鏡を持ち出したとされています。 
 + 
 + 
 +※エジプト・メイソンリーの創始者であるカリオストロ伯は1795年に獄死しています。
  
 ===== 広域情報 ===== ===== 広域情報 =====
  • tyt-041.txt
  • 最終更新: 2019/06/28 19:11
  • by tytman