帝国妖異譚 序文


帝国妖異譚

 この物語を異界に在る友人に捧ぐ。

 この話は、不思議なる友人より聞きたり。昨年、明治四十二年の二月頃、初めてこの友人に出会い、爾来、現在に至るまで摩訶不思議なる交流は続くなり。先祖代々守り来る山王八幡社にあるご神木の下には、古来より誰も触れうべからずと厳しく戒められたるさざれ石あり。その石には上面に窪みがあり、古き時代には、そこに溜まる水の様子を見て占いを施したるとの記録あり。今では占いの作法自体は忘れ去られたるものなれど、毎年行われる神事にて、このさざれ石の前にて祝詞を奏上する習わしなり。これを読みたる人が、この物語をどのように捉えるのか、興味深きものなれど、ただ自分としては見聞きしたる事実のみを、なるべく正確に伝えんと心掛けんとす。

 この話は、不思議なる友人より聞きたり。昨年、明治四十二年の二月頃、節分に掛かる祭事が終わり、その無事に終わりたることを感謝しつつ、自室に戻らんとす時に、彼のさざれ石の傍を通り過ぎんとすれば、上部の水面に波紋の起こりたるのを見いだせり。地震があるわけでもなく、不思議なこともあるものと思って、水面に身を近づけてみれば、突如として音を立てて、まるで湯が沸くかの如く水が音を立て盛り上がりたり。

 諏訪、狐かタヌキの仕業かと思い祝詞を奏上したるも、神聖なる社にてそのような輩が何かするのもであらうかと思い、その様子をじっくりと観察するに、沸き立つ泡の音に混じって人の声が聞こえたることに気づきしなり。

 これが不思議なる友人との出会いなり。誰かこの文明開化の世において、このような体験を信じるものあらん。自分も、当初は己の精神がどこか道を外れてしまったのかと訝しむこと度々ならんや。しかし、この不可思議なる友人からもたらされた知識は、自分には元々なかったものであるし、また想像することさえできないものが多い由、今では知的好奇心を持って、この不思議なる友との語らいの時間を過ごすなり。我らは、自分のことを語り、相手のことを訪ねるに、長き時間を共にしてきた。

 そしてここに、異界の友人から聞こえたる話をここに記し、後世に残さんと試みる。
我らはお互いに学者にあらず、あくまでも市井の一臣民であるため、その事実の正確さについては、おおよそ心もとないには違いないが、もしかもすれば民俗学・社会学等に貢献することあれば幸いと願わん。

 少なくとも、昨今巷で流行している小説なるものを書くための、与太話を供することはできようかと思ふ。

 この不思議なる異界の交流は、またいつ神の気まぐれによって絶えてしまうか、誰も知らぬところなれば、時の許す限り、筆を進めんとする所存なり。

 友人の姓名はわからぬなり。彼の異界においては、名が強き力を持つと言うことで、我が国の古来の風習に似たるものを感ず。ただ呼び名が無いと会話が不自由なので、お互いの合意にて、この友人のことは蒼君と呼びたることにしたるなり。

 蒼君の住みたる国は、我が国と似たるところ多し。文化・習俗等は意外にも共通点が多くあり。逆に最も大きなる違いは、私達においては、神話や伝説にのみ登場する神々や妖怪のようなものが、当たり前のように存在しているところなり。蒼君の知己にも頭に角が生えた鬼の種族がいると聞きしなり。

山の形、川の流れ、人の営み、それらが全て、自分にとっては目新しいものばかりなりせば、恐らく読者においても、同じく興味を持つこと多いと信ずれば、これより、帝国妖異譚と銘打ち、以後の物語を進めん。

 さざれ石 泡を交えて 夜語りつ
 見えざる友と 笑い過ごさん

柳野町雄


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