帝国妖異対策局事件簿:盛り塩
玄関に塩を盛った小皿を置いて、家の中に邪な霊が入ってこないようにするためのちょっとしたおまじないのようなもの。塩には古来より邪気を払い、場を清める効果があると信じられてきた。
《 帝国妖異対策局 》
局長「はい。これで今日の仕事は完了よ。」
真九郎「わーい、ようやくお仕事が終わったのですん!」
局長「真九郎、このあと何か用事ある?」
真九郎「うーん、とくにありませんですよん」
局長「さっき母から連絡があったんだけど、関西の親戚から神戸牛が大量に送られてきたから、真九郎も呼んで焼肉パーティーしようだって」
真九郎「それはもうぜひぜひご馳走になりますですん! わーい、パパさんとママさんに会うのも久しぶりなのですん!」
局長「って、いつも週末に会ってるじゃないの。」
真九郎「あっ、ちょっと駅前のアラベスクに寄っていいですかん? パクチープリンをパパさんとママさんに買っていきたいのですん。」
局長「なんか胸焼けしそうなプリンね。」
真九郎「とーってもおいしいのですよん!」
局長「そうなの?」
局長「えっと、それじゃHachi、後は任せるわ。私と真九郎はウチにいるから、何かあったら連絡ちょうだい」
Hachi「はい。かしこまりました。」
《 局長の実家 》
真九郎「わーい、やっきにく! やっきにく! やっきにく!」
局長「えらくはしゃいでるわね。」
真九郎「そりゃそうですん。みんなで食べる焼肉はとってもおいしいのですん!」
真九郎「んっ? 局長! 玄関のこれは何ですかん? お砂糖の山を玄関に2つ置いてあるですん。」
こんなの初めてみるのですん。」
局長「砂糖じゃなくて塩ね。盛り塩っていうのよ。」
真九郎「いったい何なのですかん?」
局長「まぁ、おまじないみたいなものよ。 邪な鬼や霊が入ってこないようにっておまじない。」
真九郎「霊や鬼除けのおまじないですかん。」
真九郎「って、えぇぇぇぇ、わたし入っちゃいけないのですかん!? なんか京都のブブ漬けみたいな暗黙の帰れコールなのですかん!?」
局長「ちがうわよっ。ちょっと前に父さんの取引先に不幸があって、葬儀に参加してきたから、何か変な霊とかがついて来ても入ってこれないようにって、まぁそんな意味かな。」
真九郎「これをしてると鬼や霊は通れないってわけなのですかん。」
局長「ふふふ。邪な鬼は入ってこれないから、真九郎はそこでわたし達が焼肉を食べるのを指をくわえて見てるしかないってことになるわね。」
真九郎「わーーん! そんなのいやですん! 焼肉みんなで食べたいのですん! わーーん!」
局長の母「バカ娘! 真ちゃんをイジメてないで、さっさと上がって台所を手伝いなさいっ! 真ちゃん、いらっしゃーい!」
真九郎「わーーーん! ママさん、局長が苛めるのですん! そして、これがお土産のパクチープリンなのですん!」
局長の母「まぁありがとー。真ちゃんはいい子ちゃんだから、焼肉の準備ができるまでパパとお酒飲みながら待っててねー。 ほら、あんたはさっさと台所へ行く!」
局長「り、理不尽だわ……。」
《 坂上町 》
男の子A「へぇ、あれ「盛り塩」っていうんだー。」
女の子A「うん。霊とか悪いものが家に入ってこないようにする結界なんだって。」
男の子B「そういえば幽霊屋敷の玄関にもあったよね。」
男の子C「ああ、あそこのやつってどんぶりに山盛りになってるよな。」
女の子A「どんぶりじゃないけど、確かにすごく山盛りになってるよね。」
男の子A「えっ、でもあそこって誰も住んでないよな。」
男の子C「うん。そういや、あれって誰が置いてるのかな?」
女の子A「いつ行っても、きちんと置いてあるよね。雨とか風で汚れがついたりするはずだけど、いつも綺麗ってことは……」
男の子B「やっぱり、誰かが入れ替えてるってことだよな。」
男の子A「誰も住んでいない幽霊屋敷なのに変だなー。ちょっと今から見に行ってみようか。」
男の子B「うん。行ってみようよ。」
女の子A「そうね。ちょっと気になるかも。」
男の子C「それじゃ出発ぅ!」
《 幽霊屋敷 》
女の子A「やっぱりあったわね。しかも綺麗なお塩、全然汚れてないわ。」
男の子B「うーん、誰かがここに盛り塩してるってことだよね。」
男の子C「やっぱり誰かが住んでるってことなのか?」
男の子A「えぇ、このオンボロ屋敷に? 窓なんて割れ放題だし、しかも一階は部屋の中が見えちゃってるし、あっちの窓なんて裏まで見えてるし、」
女の子A「あの居間の壁なんて、ヤンキーの変な落書きまでされてるしね。」
男の子B「でも、その落書きしたヤンキーって、全員呪い殺されたって……。」
男の子C「マジか!?」
女の子A「マジよ。顔が口だけのオバケに、みんな食べられちゃったんだって言ってた。」
男の子A「誰が言ったんだよ! そんなのウソに決まってるだろー!」
女の子A「えっ、お、お兄ちゃんが……。」
男の子A「呪いなんてあるわけねーだろっ。もしフリョーが殺されてるなら、夜に中央筋でバイク飛ばしてるアイツらはなんで消えてねーんだよっ。」
男の子C「落書きしてないからじゃない?」
男の子B「そういえば父さんが、小学校の壁に落書きしたのはアイツらだって怒ってたな。」
男の子C「そうだとしてもここの落書きじゃないよね。」
男の子A「この道だって、バイクぶっ飛ばしてるとこ見たことがあるし。アイツらだったらやりかねないと思うけどな。」
女の子A「盛り塩してるからフリョーは入れないんじゃない?」
男の子A「マジかっ!?」
女の子A「マジマジっw」
男の子A「んなわけあるかっw」
んっ? だとしたら……」
男の子B「だとしたら?」
男の子A「この盛り塩がなければ……」
女の子A「あっ、入っちゃダメだって! 見つかったら怒られるよ!(といいつつ付いていく)
男の子B「誰かいませんかー?」
男の子C「しっ! 静かにしろよっ!」
男の子A「この盛り塩を、こうして空にしてしまえば、ヤンキーが入ってこられるようになって……」
男の子B「なって?」
女の子A「ちょっと! そんなことしたら叱られちゃうよっ!?」
男の子A「ヤンキーたちが落書きして、口だけオバケに食い殺される……とw こっちも空にして……」
女の子A「見て、お皿のそこに目がっ!」
男の子C「ええええええっ!」
男の子B「うん、目のマーク?が描いてあるな。」
男の子C「マークかよっ!」
女の子A「でも、ちょっと不気味じゃない?」
男の子A「まぁ、そうかもな…… ……うっ!」
(キィィィィィィィン!)
男の子A「み、耳鳴り!?」
男の子B「えっ、何っ? よく聞こえない!」
男の子C「うぅぅぅ、なんの音だよっ」
女の子A「の、呪いよっ! に、逃げなきゃ!」
男の子C「ちょ、待って、俺も逃げる」
男の子B「やばい、なんかやばい……」
(キィィィィィィィン!)
男の子A「みんな待てよ、置いてくなよ!」
に……おい……お……おぼ……えた……」
《 二年前、深夜の幽霊屋敷 》
(キィィィィィィィン!)
男A「ちょっ、すげぇ耳鳴りするんだが……。」
女A「あんたが盛り塩蹴っ飛ばすから、幽霊が怒っちゃったんじゃないの!?」
男B「なんかやべぇよ。やっぱ帰ろうぜ。」
男C「あっ、耳鳴りがやんだ……。」
男B「なんだったんだ?」
男A「いいからさっさと入ろうぜ。」
女A「こんな怖いとこ溜まり場にすんの? やっぱやめない?」
男A「ここがいいんだよ。人は来ないし、裏が山になってっから、ポリ公が来ても隠れられるし……」
男A「部屋の中だって、ちょっとかたせば、いい感じになるぜ。」
男B「俺、缶持ってきた。」
男A「おうっ、いい感じにペイントしてくれ。」
《 幽霊屋敷の中 》
女A「ねぇ、やっぱ帰ろう。ここ何かヤバイよ。絶対何かいるんだって。」
男A「あぁ? オバケでも出るってか? そもそもここで殺人事件があったとか、そんな話はまったくねぇんだぜ。」
男C「ずっと昔に老人が一人で住んでたって聞いたな。なんか都会の家族と一緒に住むことになって、そのまま放置されてんだって。」
男B「なんか子供の頃のうっすらとした記憶だけど、ここに老人が住んでいるのを見たことがあったような気がする。」
女A「そうかもしんないけどさぁ。なんか、なんかいやな感じがするんだよ。」
男B「まぁ、俺がいい感じにペイントすっから大丈夫、大丈夫。」
女A「それはそれで……まぁ、いいけどさぁ。」
(キィィィィィィィン!)
女A「うっ、またさっきの音がっ!」
男A「あ、頭痛ぇ」
男C「な、なんの音だよ!」
男B「う、腕が……腕が動かない!?」
妖異「くんくん。におい……おぼ……えた……」
男B「うわっ! な、なんかぬめっとしたのが俺の顔にぃぃぃ」
妖異「べろっ。あじ……おぼ……えた……」
男A「ぬわっ、俺の顔になめくじがあぁ」
男C「あ、足になんかくっついたぁあぁ」
女A「く、首筋にへび、へびがぁぁ、取って取って、取ってぇぇぇぇ」
妖異「べろっ。あじ……おぼえ……た……」
妖異「きょ……きょう……は……これ……くう……」
男A「な、なんなんだいったい!?」
女A「逃げよう! ねぇ逃げよう、ここヤバイって!」
男C「そ、そうだな。ヤバイ感じがする。」
男A「くっそ…」
男B「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
男B「腕が、腕がぁぁぁぁ!」
女A「腕がなくなってるぅぅぅぅ!」
ざしゅっ!
女A「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」
男C「く、首が消えた!?」
男A「うわぁぁぁぁぁぁ」
女A「ま、待って! 置いてかないでぇぇ!」
男C「うひぃぃぃぃぃぃ」
妖異「くちゃ、くちゃ、くちゃ、くちゃ」
《 帝国妖異対策局 》
真九郎「いやぁ、昨日の焼肉は本当に美味しかったですん!」
局長「さすがにあの量は、真九郎がいなかったら食べ切れなかったわね。そしたら我が家の夕食は当分焼肉だらけになるところだったわ。」
真九郎「ふふふ。必要なときにはいつでもお呼びくださいですん! こんどはちゃんとお手伝いもしますですよん!」
局長「それは気にしなくていいわ。父さんのお酒の相手してくれるだけで大助かりなのよ。」
Hachi「局長、警視庁から妖異捜査の依頼が入りました。」
局長「どんな事件なの?」
Hachi「はい。昨晩から行方不明だった小学4年生の男子が、本日3時頃、首なし遺体で発見されたそうです。」
Hachi「坂上町では、二年前に今回と同じような方法で4名が殺害されています。その事件は現在も捜索中なのですが、それが……」
局長「妖異調査リストに入っていると。」
Hachi「はい。秘匿クラスCとなっており、現場には特殊捜査班として参加することが通知されているようです。」
局長「ふむ。堂々と警察がお仕事しているところに入っていけるわけね。」
Hachi「はい。」
《 現場 》
刑事「こちらが遺体のあった場所です。(チラッ)」
局長「えっと、二年前にも同じような事件があったみたいだけど、そのときの遺体はどうだったの?」
刑事「4人のガイシャ共、首なし状態で、ここで発見されています。(チラッ)」
局長「えっと……あなた、鬼を見るのは初めてなのかしら?」
刑事「あっ、えっ、ええ、スミマセン。テレビとかで見たことしかないもので……。」
局長「まぁ、そう珍しいものでもないけどね。」
真九郎「ふふ。きっとこの角が珍しいのですよねん。ちょっと触ってみますかん?」
刑事「えっ、えぇぇっと?(チラッ)」
局長「触るとスーパーサイヤ人になって暴れだすわよ。」
刑事「えぇぇぇぇ!? え、遠慮しておきます。(チラッ)」
真九郎「そんなのなりませんですん!」
刑事「そ、そうなんですか、よ、よかったです(チラッ)」
局長「(あぁ、角じゃなくて真九郎の背負ってる大刀が気になるのね。)」
Hachi「(いえ、真九郎様の胸部に注意が向けられているようです)」
局長「(こ、こいつ直接脳内に……)」
刑事「ガイシャは、昨日の午後6時頃、いつも一緒に遊んでいた小学生3人と別れた後、行方不明となっています。」
刑事「現地の警察署に連絡が入ったのは21時32分。警官3名と両親、近所の住人4名で町内を捜索。」
刑事「本日3時15分に、ここで遺体として発見されています。」
局長「一緒に遊んでいたっていう子供たちから話を聞くことはできるのかしら?」
刑事「一応可能ですが、3人ともかなり動揺しているので……。」
あと、ガイシャの死については3人に知らせていません。大怪我で入院しているということになっています。」
局長「了解。その点については十分配慮するわ。」
局長「それじゃ、ここを調べたら子供達に話を聞きに行ってみましょう。」
真九郎「了解ですん。」
Hachi「かしこまりました。」
《 帝国妖異対策局 》
局長「あの子たち、盛り塩をこぼしたから祟りにあったって言ってたわね。」
真九郎「盛り塩って、悪いものが入ってこないようにするおまじないなのですよねん。」
真九郎「それをこぼしたとしたら、子供達じゃなくて、そこに住んでいる人が被害に会うんじゃないのでしょうかねん。」
局長「うーん、まぁそうかもしれないけど。2年前はどうだったのかしら。」
局長「そういえばHachi、二年前の4人の被害者は、同時に殺されたわけじゃないのよね。」
Hachi「はい。それぞれ異なる日時に殺害されています。」
局長「その順番や時期はどうなっているの?」
Hachi「最初は男B、その次に男A、男C、女Aという順序で殺害されています。」
Hachi「最初に男Bが殺されて以降、二週間毎に事件が発生していますね。」
局長「二週間毎か……。」
局長「その周期に何か符号するような自然現象とかはある? 月の満ち欠けとか、星辰の位置とか…」
Hachi「特にございません。」
局長「周期的に発生するってことは、何かがあるはずよね。」
真九郎「殺された男の子とお友達も4人ですし、もしかするとまた同じようなことになるんじゃないでしょうかん。」
局長「それと女の子が言ってた盛り塩のお皿に描かれた目ってのも気になるわね。Hachi、現場の映像を見せてもらえる?」
Hachi「はい。どうぞ。(モニタに映像)
局長「その目っていうのは見れる?」
Hachi「はい。こちらになります。(モニタに映像)
真九郎「うーん、目っていうより放射能危険の警告のような……。」
局長「どこかで見たことがあるような気がするんだけど。これ何のサインかわかる?」
Hachi「はい。これは例の財団のシンボルマークです。」
局長「財団!?……ってことは、何かあることは間違いないわね。「ある」
のか「いる」
のかは微妙なところだけど。」
真九郎「それにしても殺人現場に財団との関わりを示すモノを残しておくなんて、変じゃないですかん?」
Hachi「そのお皿でしたら、財団が竹下通りに出店しているグッズショップで誰でも入手することが可能です」
真九郎「えぇぇ!? 秘密組織とかじゃなかったでしたっけ?」
Hachi「ええ、秘密組織ですよ。」
真九郎「秘密組織が、グッズショップを出店してるのですかん? 竹下通りに?」
Hachi「はい。ちょっと場所がわかりにくいところにあるのですが、結構、人気があるようですね。」
真九郎「秘密組織が?」
Hachi「はい。秋葉原に出店しているメイド逝きカフェでは、いなみちゃんっていう石像っぽいコスプレ女の子が人気だそうです。」
真九郎「秘密組織が? メイドカフェ?」
Hachi「メイド「逝き」
カフェですね。」
局長「ふむ。財団ってことなら、ここはHachiに聞き込みをお願いするわ。」
Hachi「はい。おまかせください。本日ちょうど、財団職員さんたちとカラオケコンパが入っておりますので、その折に詳しくお伺いしてまいります。」
真九郎「コンパ!? 財団の人たちと!? 秘密組織なのに?」
Hachi「はい。いつも親切に色々な情報を教えてくださるので助かります。」
局長「それじゃまかせたわよ。」
Hachi「かしこまりました。」
真九郎「秘密組織が……カラオケコンパ?」
《 翌日の帝国妖異対策局 》
Hachi「局長、あの屋敷は、やはり財団が管理していたようです。」
局長「やっぱりそうだったのね。あの殺人事件のことはわかった?」
Hachi「はい。屋敷の現象について財団が認知したのは5年前。当時の住人との接触によって発見されたようです。」
Hachi「その後、住人との交渉によって屋敷を入手。その後の調査の方はあまり進んでいないようです。」
Hachi「とりあえず、以前の住人から「盛り塩」
を行うことで現象を抑えることができることはわかっていたので、」
Hachi「収容方法が確立するまで定期的に盛り塩の交換を行っていたようですね。」
局長「その定期的な期間が二週間ってことね。」
Hachi「はい。以前の住人は毎日交換していたようです。2週間というのは、財団が実験から得た経験値のようです。」
局長「そう。ならその実験で、けっして表に出ることのない犠牲者が何人もいたってことになるのかしら。」
Hachi「おそらくそうでしょう。現在でも、盛り塩の交換はDクラスの方々が当たっているようです。」
局長「事件については財団はどう把握しているのかしら?」
Hachi「一応、被害者がでないように屋敷周辺は立ち入り禁止にしているのですが、それでもときおり侵入者が出ていたようです。」
Hachi「進入しても盛り塩の状態が保たれていれば問題ないのですが、」
Hachi「今回のように侵入者が盛り塩の状態を変えてしまったり、風雨にさらされた結果として、ちょうど盛り塩の効果が消えてしまうような状態の場合には、」
局長「被害に会うってわけね。」
Hachi「はい。オブジェクト……妖異は、ターゲットとなる犠牲者に二段階のマーキングを行うようです。」
Hachi「まず一段階目はターゲットの匂いを記憶すること。」
Hachi「匂いを記憶されたターゲットが夜間に屋敷の500m圏内に入ると、精神的な誘導によって屋敷に引き寄せられるようです。」
Hachi「二段階目は、ターゲットの身体を舐めてその味を覚えること。財団の実験では被験者が「舐められた」
と発言した記録が残っているようです。」
Hachi「この場合、先程より強力な誘導が行われるようです。実際に引っ張られているようだったと記録されていたようですね。」
真九郎「きっと獲物にツバつけて自分の匂いを残してるんじゃないですかねん。」
Hachi「最終的には屋敷に誘導された後、頭部を捕食されることで現象は終了するようです。」
局長「はぁ。その情報がわかるまでに、どれだけの犠牲者が出たことやら……。」
Hachi「財団では基本的に重犯罪者を中心としたDクラスを実験に……」
局長「犯罪者とはいえ、彼らも帝国の臣民なのよ。その罪を裁くのは帝国であって、国籍不明の秘密組織じゃないわ。」
局長「ひとの国で勝手なマネはして欲しくないってことよ。」
Hachi「しかし、財団と政府は……」
局長「言わなくてもわかってるわ。今のはわたし個人の愚痴だから聞き流して。」
Hachi「はい。」
局長「犠牲になった子は、匂いか味を覚えられちゃったってわけね。」
Hachi「はい。おそらく友達と別れた後に、屋敷の500m圏内にまで戻ってきたのではないかと。」
局長「それが6時過ぎか、微妙な時間帯ね……。」
Hachi「はい。」
局長「で、二年前の4人も含めて、一般人にも被害が出たわけだし、それが妖異の仕業であることをわたし達は知った。」
真九郎「当然、ぶん殴りに行くですん!」
局長「その通りなんだけど、財団はそれを知ったわけよね。彼らはどう考えてるの?」
Hachi「はい。もしオブジェクトを終了させることができた場合、その遺骸を引き渡してくれさえすれば構わないとのことでした。」
Hachi「屋敷内への立ち入りについては許可を頂いております。これはあくまで非公式な黙認と」
いうことですので、何か問題が起こっても財団は関知しないということですが。」
局長「ありがとうHachi、それでじゅうぶんよ。」
真九郎「被害者のお友達さんは大丈夫なのでしょうかん? 妖異に狙われたりしないですかねん?」
Hachi「話を聞いた限りにおいては、匂いや味を覚えられたということはなかったようです。」
Hachi「実験記録によると、そうした場合、耳元で匂いや味を「覚えた」
という声が聞かれるようですが、子供たちはそうした声を聞いていないようでした。」
局長「亡くなった子は声を聞いたのかしら……。」
Hachi「それはわかりませんが、少なくとも匂いは覚えられてしまったのではないでしょうか。」
局長「それで……どうやって「やっつける」
かよね。どんな妖異かは殆どわからないわけだし……。」
Hachi「人間の体を食いちぎるほどの力と、500m圏内に入ったターゲットの精神に影響を与える力があることが、現在わかっている全てです。」
Hachi「それと実験ではカメラによるオブジェクトの撮影を試みていますが、いずれの場合も成功していません。」
真九郎「とりあえず行って、ぶん殴ってやるですん!」
局長「あんたねぇ。最近ザコばっかり相手してるから油断し過ぎじゃないの? もし神柱級だったらどうするつもりなのよ。」
真九郎「ま、まぁ、ソレデモブンナグッテヤリマス……よ?」
Hachi「それでは私が参りましょうか。もし体を破壊されたとしても大丈夫ですし。」
局長「Hachiもいい加減にしなさい。さすがにあんただって頭を食いちぎられたら終わりでしょうが。」
局長「それにね。いくらアンドロイドだからって、私はあんたが怪我するのを見るのは絶対に嫌なの。」
Hachi「ですが修理すれば元に戻りますし、痛みがあるわけでも……。」
局長「わたしが嫌なのっ! 嫌なものは嫌なのっ! 口答えするなっ!」
Hachi「は、はい……。申し訳ございませんでした。」
真九郎「私も嫌ですよん!」
Hachi「はい……。」
真九郎「局長、とりあえず一度乗り込んでみるですん。 ヤバイと思ったらとっとと逃げればいいのですよん。」
局長「そうね。精神操作がちょっと怖いけど、それはHachiには効かないかもしれないし……。」
局長「いざとなったらわたしと真九郎を抱えて逃げてもらおうかしら。」
Hachi「かしこまりました。」
局長「そうね。あと一応、塩を沢山持っていきましょう。盛り塩が妖異の活動を制限しているなら、なんらかの役には立つはずよ。」
Hachi「実験記録によると、伯華多の塩が一番長く盛り塩としての効果を発揮していたようです。ちなみに砂糖を使った実験では被験者は即時終了したとのことでした。」
局長「財団……何やってるのよ。」
《 幽霊屋敷 》
真九郎「あっ、これは間違いないですん。 野獣とは違うケモノの臭いがプンプンしますでん。」
局長「確かにいるわね……何か……。さっきから威圧的な……視線みたいなのを感じるわ。」
Hachi「盛り塩を除去しますか?」
局長「いえ、それはそのまま置いておいて。」
どこまで効果があるのかわからないけれど、妖異が外に出ないよう抑えることはできるみたいだから。」
真九郎「この盛り塩は、悪いものが家に入ってこないようにするんじゃなくて、悪いものが外に出ないようにしてたのですねん。」
局長「そういうことかもね。それじゃ入るわよ。Hachi扉の向こうに反応は?」
Hachi「5m以内には熱反応、生態音共にありません。」
局長「そう……。でも相手は妖異だし、いきなり襲ってくることは十分ありえる……」
真九郎「ですよねん。それじゃここは……」
局長「真九郎! 行きなさい!」
真九郎「はいですん! それじゃぁぁぁぁぁあ!」
真九郎「どっかあぁぁぁぁぁぁぁん!(玄関蹴っ!)
《 ばぁぁぁん!と玄関破壊 》
真九郎「護国の鬼っ娘、不破寺真九郎参上ですん!」
真九郎「悪い鬼さんは退治するのですよ~!」
局長「真九郎っ! 上っ!」
妖異「きしゃぁぁぁぁぁぁぁ」
(ギザギザの牙が沢山付いた大口を持つ巨大な蛭の化け物)
真九郎「よっ!(ごろん)
妖異「におい……おぼえた……」
真九郎「わたしも、お前の臭いを覚えたですん。」
真九郎「嫌な臭いですん。すっごく……嫌な臭い……」
局長「な……ナメクジ?」
局長「うひゃっ!? こっち来たぁぁぁ!?」
妖異「ベロンッ!」
(触手が伸びて、局長の顔に触れる)
局長「なな舐められたぁ! かかかかか顔舐められたぁぁぁ!」
真九郎「Hachiさん、こいつ素早いですん。 局長を頼みますん。」
Hachi「はい。かしこまりました。(局長抱きっ)
妖異「におい……あじ……おぼえた……」
局長「き、きしょいきしょいきしょいきしょい、あと舐められたとこが臭いぃぃぃ」
局長「真九郎ぉぉ! とっととやっちゃいなさいぃぃぃ!」
真九郎「らじゃーですん! ぬぉりゃぁぁぁぁ!」
妖異「にゅるんっ」
真九郎「くっ! デカイ図体してちょこまかと……。」
真九郎「あっ、そっちに行ったです!」
局長「ぎゃぁぁぁぁ、こっちくんなナメクジぃぃ!」
局長「塩をくらえぇぇぇ!バッ!」
妖異「ぎぃっ!」
Hachi「真九郎様っ!」
真九郎「ぬぉりゃやぁぁぁぁぁぁぁ!」
妖異「ぐしゃぁぁ」
(妖異の体液が部屋中に飛び散る)
局長「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
(塩バッ、バッ、バッ、バッ、バッ)
局長「顔に、髪に顔に髪に顔に何かついたぁぁぁぁあぁ!」
(塩バッ、バッ、バッ、バッ、バッ)
妖異「ひくっ、ひくっ、ひ……くっ……」
妖異「しーん」
局長「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
(塩バッ、バッ、バッ、バッ、バッ)
真九郎「きょ、局長!」
Hachi「作戦終了。対象の沈黙を確認しました。」
局長「顔に、髪に顔に髪に顔に何かついたぁぁぁぁあぁ!」
(塩バッ、バッ、バッ、バッ、バッ)
真九郎「局長! もう終わりましたのですん!」
局長「そそそそれなら財団に連絡してこいつをサッサと引き取らせなさい!」
ととととにかく、お風呂、シャワー、水、なんでもいいから、洗って、体を洗わせてぇぇ!」
真九郎「確かにこのべちょべちょは気持ち悪いですねん。ここ水って出るかなぁ……。」
真九郎「局長! やっぱりここの水道は止まってるみたいですん。水が全然出ないのですん!」
局長「なら、今すぐ水を持ってこさせなさい! 自衛隊! 自衛隊を呼んでヘリに風呂を運ばせるのよっ!」
真九郎「局長……それ本当に呼べる人が言ったらいけない冗談なのですん。」
Hachi「真九郎様、私が残って財団に遺骸を引き渡しますので、お二人はお身体を洗ってきてください。」
Hachi「南方向約300mのところに洗車場があるようです。県道まで出ればすぐに見えるはずですよ。」
局長「真九郎! さっさと行くのよっ! わたしを背負って全力疾走っ!」
真九郎「はいはい了解しましたん。よいしょっと……。」
真九郎「うわっ局長! めっちゃくっさいですよん!」
局長「わかってるわよっ! それにあんだだってかなり臭ってるわよっ! ほらっ、さっさと走るっ!」
真九郎「それじゃHachiさん、お先ですん!」
Hachi「はい。いってらっしゃいませ。」
《 数十分後の幽霊屋敷 》
局長「ごめんHachi、戻るのが遅くなっちゃったわ。」
Hachi「いえ。大丈夫ですよ。遺骸の方ですが、あの後すぐに財団の方々がいらしてお引取りくださいました。」
真九郎「ほえぇ、たった数十分で綺麗さっぱり跡形もないですん。財団、凄いのですん。」
局長「それじゃ今度はHachiが身体を洗って……ってキレイになってる?」
Hachi「はい。財団の方が簡易シャワーを用意してくださいました。服の方も即席クリーニングでこの通りです。」
局長「シャワー? クリーニング? ここで?」
局長「な、なんという圧倒的な資金力……。」
真九郎「ほぇぇ、Hachiさんいい匂いですん。あのまま残ってれば、わたし達もキレイになれたですん。それを局長が……。」
局長「そ、そうかもしれないけど、あんなのは一秒だって我慢できなかったのよっ!」
真九郎「そんなの気にしてたら妖異と戦ったりできないですん。ていうか、いままでどうやってたですかん。」
局長「それはそうなんだけど……。」
Hachi「真九郎様、局長はナメクジがとてもお嫌いなのです。」
局長「ガタガタ……ナメクジダメ……ゼッタイ……ガタガタ。」
真九郎「はぁ、まぁ気持ちはわかりますけどねん。でもそんなのいちいち気にしてたら妖異となんて渡り合えないですん。」
局長「なら、今後ぬめぬめ系はあんた一人で対応だからねっ!」
真九郎「えぇ、そんなのいやですよん! 酷いですん! 横暴ですん! ゼッタイ反対ですん!」
局長「もう決定だからっ!」
真九郎「ええぇぇぇぇぇ!?」
Hachi「うふふ。それでは局へ戻りましょうか。」
真九郎「えー、Hachiさんも反対してくださいですん!」
局長「決定だからっ!」
その後、この屋敷跡では怪奇現象は発生しなくなった。現在盛り塩は行われていないが、特に事件は発生していない。
妖異の正体については、財団が遺骸を詳しく調べているはずだが、その調査報告については一切公開されていない。
おしまい
おまけ
《 洗車場にて 》
真九郎「わーん、局長! どうしてお財布持って来てないのですかん!?」
局長「あんただってそうでしょうがっ! だいたい作戦中にそんなの持ち歩くわけないでしょ!」
真九郎「でも、お金がなくっちゃ水は出ないのですよん! いったいどうするんですかん!?」
局長「どうするったって……」
運よく車が入ってくる。(と見せかけた財団の監視役)
真九郎「ひ、ひとが来たのですん!」
局長「や、やったわっ! あの人からお金を借りるのよっ!」
ドドドドドッ!
局長「あのっすみませんっ!」
監視役「わっ、なっ、なんですか? って、うわっ、くっさっ!」
局長「わ、わたしたち、そ、その……肥溜め、肥溜めに落ちちゃってっ!」
真九郎「こんなに臭くなっちゃったですん!」
局長「それで……いきなりで申し訳ないんですが、二人とも財布を落としちゃったみたいで……。」
局長「あの、その、あとで必ずお返ししますから、お金を貸していただけないでしょうか!!(ペコペコ)」
真九郎「お願いしますですん!(ペコペコ)」
局長「あの、それが無理なら、車を流すときに、少しでいいのでわたし達も洗っていただけませんか!!(ペコペコ)」
監視役「そりゃ、お気の毒に……。いいですよ、はい洗車代。差し上げますので、返さなくても大丈夫ですよ。」
局長「ありがとうございます。あとで必ずお返ししますので!(ペコペコ)」
監視役「いえいえ大丈夫ですから。」
監視役「うーんそうだな、それじゃあお二人でわたしの車も洗っていただけますか。」
監視役「そのアルバイト代ってことで。」
局長「あっ、ありがとうございます! 二人で一生懸命お車を洗わせていただきます!(ペコペコ)」
真九郎「ありがとうございますん!(ペコペコ)」
局長「それじゃ真九郎! 全力で洗うわよっ!」
真九郎「らじゃーですん!」
監視役「夜の夜中に美少女二人が全身ずぶ濡れで洗車かぁ……。」
監視役「これは……いいものだな……」
[録画開始]
おしまい